プロローグ

2023年2月1日大安吉日

 京都御所南、寺町通丸太町下ル。 

 Gallery&Atelier  “Red Fish ”は、artist 福島菜菜の絵画作品を常設展示しているプライベートギャラリー&アトリエです。
 まだまだ日本では、ギャラリーや画廊は「敷居の高いもの」と思われがちです。絵は描くのも観るのもよいものです。日常の見え方が変わります。絵描きのアトリエに遊びに来た、絵も飾っているのね、と思ってもらえるような場所になったら良いなと思っています。ガラスの扉の向こうで、筆を持ち制作をしている様子を見る事があるかもしれません。時に、魔女宅のキキのように頬づえをついている時もあるかもしれません。
  新作は真っ先にこちらに飾ります。どうぞお気軽にお入りください。お待ちしています。絵描きの作ったマグカップもあります。
 目印は道に面した大きな絵。今は赤い魚の絵を飾っています。魚の上には狼のお面をつけた長老が座っています。 

『赤い魚の絵』

 こちらのホームページ、プロフィールに掲載されている絵。これはRed Fish という名前のきっかけとなった赤い魚とそれを乗りこなす長老が描かれている。作品サイズは112×145.5cm。

 長老は狼のお面をつけている。彼は、福島菜菜の描く世界の長老であるが誰も彼の顔を見たものはいない。ただひとり、彼の素顔とお面をつけているわけを知るのはパートナーである赤い魚。この長老にまつわる話は自身が好んで書いている12万字の小説の中で明かされているのだが、その話の中で兎に角、長老は皆の憧れの存在である。そして長老もまた、人々を良い方向へ導こうと星の杖を掲げ、良き理解者である赤い魚に乗って空を飛び、或いは水の中を静かに泳ぐのである。その長老をつかんで離さないのは歩く花。

 『歩く花』

 歩く花を描くようになったのは、17歳の時に初めて読んだ『夢十夜』という本がきっかけだった。夏目漱石作の10から成る夢の話だ。あまりにも面白いので夢中で一気に読み終えた。机に本を置き、人には様々な感情があるものだなぁと改めて思った。人間の欲について、身勝手さについて、弱さと同じくらいの強さについて...
 そんな事を考えながら庭に目をやった。そこには庭仕事をしている母がいて、風にゆらゆら揺れている花が咲いていた。
  もしあの花に人間と同じような「心」があるのなら、何を考えているのだろう。ここにじっと座っていては退屈だ、とか歩いてみようか、などと考えているかもしれない。

 人の心は目に見えないとされている。人はどうして目に見えないものに心が存在していると思うのだろう。目に見えずとも存在しているのなら、花にも心は存在していると考えてもおかしくはな い。ひょっとすると花同士で世間話をしていたり、犬や猫のように人間の言葉を理解して聞いていたりしているのかも知れない。天から誰かが見ているだけではなく、自分のすぐ傍で花に見られて何か思われているのだとしたら、背筋が伸びる。花に会話を聞かれていても恥ずかしくないような行いをしていかなくてはならないなとよく思う。
  そう思いふと顔を上げると、遠くに歩く花を見たような気がした。歩く花がきげん良く生きる風景を、空を飛び泳ぐ事のできる長老の魚と共に描いていきたい。

Gallery& Atelier Red Fish
 代表   福島 菜菜
(ふくしま・なな)
artist Fukushima Nana